グローバリストが一線を越えた時: 安倍晋三の暗殺

パストリッチ エマニュエル

Emanuel Pastreich

2022.07.18

7月8日、日本の古都は蒸し暑い一日だった。日本政界の最高実力者、安倍晋三が奈良近鉄の駅前で地元自民党候補の街頭演説をしていると、突然大きな音が鳴り響き、異様な煙が立ち込めた。

信じられないような聴衆の反応だった。珍しいほど集まった群衆の中で、誰一人として逃げだしたり、地面に伏せたりする者がいなかったのだ。

安倍元総理の護衛は、演説中、安倍元総理から異様に離れていたが、安倍元総理をかばおうとも、安全な場所に連れ出そうともせず、無表情で眺めていた。

数秒後、安倍元総理は崩れ落ちるように地面に倒れ、定番の青いジャケット、血で染まった白いシャツ、そして北朝鮮にいる日本人拉致被害者との連帯を示すトレードマークの青いバッジを身に着けて、無表情に横たわっていた。おそらくは瞬殺されたのだろう。

その時になってようやく、護衛は安倍元総理の背後に立っていた山上徹也容疑者を取り押さえた。山上との攻防は、プロの手口ではなく、テレビの視聴者のために演出されたダンスのような形をとっていた。

マスコミはすぐに、山上が安倍元総理に個人的な不満を持つ41歳の元海上自衛隊員であると特定した。

山上は 現場から逃げようともせず、ボディーガードにつかまったときも、アンバランスなほど大きい手製の拳銃を持ったままだった。 連行されてからも迷うことなく警察にすべてを話したそうだ。

安倍元総理が歩道に倒れた後も、群衆の誰一人として逃げ出すこともなく、どこから撃ってきたのか周囲を見渡すこともなかった。誰もが、魔法のように、銃撃が終わったことを理解しているようだった。

そして、コメディが始まった。安倍首相をリムジンに乗せて連れていくのではなく、彼の周りに立っていた人達は、ただ通行人に声をかけ、誰か医者はいないかと尋ねただけだったのだ。マスコミはすぐにこの事件を「単独の銃撃犯」と決めつけ、山上がカリスマ的な宗教家である川瀬カヨが始めた新興宗教 「世界平和統一家庭連合」 と関係があり、母親の不幸をその団体と交流があった安倍元総理大臣のせいにするというおもしろおかしいストーリーを繰り返した。

世界平和統一家庭連合には文鮮明師が創設した統一教会の信者がいることから、ジャーナリストのマイケル・ペンは、安倍元総理を死に至らしめた陰謀は文鮮明師との共謀の結果であるという結論に飛びついたのである。大手メディアはこの奇抜なストーリーを受け入れたが、日本の警察や保安当局は別の解釈を打ち消すことはできなかった。ブロガーの北川高嗣氏は7月10日、安倍晋三は山上氏が立っていた後ろからではなく前から撃たれ、駅前広場を挟んだ交差点の両側にある高いビルの上、あるいは両方から斜めに発射されたに違いないとする資料を掲載した。

北川高嗣の投稿

事件の日の夜に外科医が「弾丸は2発あった」と発表するまで、マスコミは、根拠なく「安倍元総理は1発しか撃たれていない」と主張していたが、北川の弾道分析は、マスコミの発表よりも科学的なものだった。

人混みの中、かなり離れたところに立っていた不格好な自作銃を持った男が、安倍元総理に2発当てることができる可能性は低い。銃の専門家であるタレントの小園浩己は、『スッキリ』(7月12日放送)で「そんなことはありえない」と発言している。

世界へのメッセージ

安倍晋三は、日本で最も有力な政治家であり、現在の地政学的危機から生まれた前例のない不確実性に対応するために権力を得た。日本の政治家や官僚は権力者である安倍晋三の元に集まっている。そのような力ある人物が、近くに十分な警備体制もないまま射殺されるのは理にかなっていない。

おそらく、このメッセージは日本の視聴者には伝わらなかっただろうが、 日本の政治家にとって、ほかの国の政治家にとって、明確な警告であった。

安倍首相が撃たれたのとほぼ同じ瞬間に政権を追われたボリス・ジョンソンが辞任し、7月11日に突然ウーバーの影響力行使疑惑で告発され、数カ月の大規模な抗議行動にも動せざるエマニュエル・マクロンは突然罷免を要求されている件もあり、 14日に  イタリアのマリオ・ドラギ首相が突然に辞任したことなどをみれば、G7核心政治家が一週間以内に政治運命を問われるようになったことは不可思議である。

安倍首相の白いシャツに赤で描かれていたメッセージは、グローバリストのシステムを受け入れ、コロナ体制を推進しても、G7加盟国のリーダーであっても安全を保証するのに十分ではないというものだった。

安倍首相は、世界中の国家のガバナンスを蝕む目に見えない癌による、今までで、最高位の権力を持つ犠牲者であった。この癌は、意思決定を国家政府から、民間のスーパーコンピューター、民間投資グループ、テルアビブ、ロンドン、レストンの嘱託情報会社、そして世界経済フォーラム、NATO、世界銀行、その他の大規模な機関が、億万長者によって雇われた戦略思想家たちのネットワークに移行させるための制度的病である。

第4次産業革命は、中央政府が効率化の名の下に、全ての情報のインプットとアウトプットの管理をFacebook、Amazon、Oracle、Google、SAPなどに移行するために採用された口実である。アメリカの資本家J.P.モルガンが言った言葉がある。「政治における全てのものには2つの理由がある:もっともな理由と本当の理由である。」

安倍首相が暗殺されたことで、これらのテクノロジーの圧制者とその主人は一線を超え、国家権力の威光をまとった者が命令に従わなければ、平気で殺戮されると宣言したのである。

日本の問題点

日本は、アジアで唯一「西側」に加わることができる先進国として、排他的なG7クラブのメンバーであり、最高の情報共有プログラムである「ファイブ・アイズ」との協力関係を結ぶ(そして可能ならばそのメンバーになる)資格があるとして、称賛を浴びている。

それにもかかわらず、日本は世界的な金融業者、そして新世界秩序のためのワシントンの軍産複合体やウォール街の計画立案者たちの期待や要求に逆らい続けてきたのである。

ワシントンで日本の足元にも及ばない同盟国として常に非難されてきたのはアジアの韓国だったが、実は米国国防総省や世界経済全体の乗っ取りに忙しい超富裕層が、日本の頼りなさに疑念を抱き始めていたのである。

世界銀行やゴールドマン・サックス、あるいはハーバード大学のベルファーセンター(科学国際問題研究所)のグローバリスト・システムでは、「先進国」の優秀な人材は決まった道を歩むことになる。

オーストラリア、フランス、ドイツ、ノルウェー、イタリアなどのエリートは、流暢な英語を学び、ワシントン、ロンドン、ジュネーブのシンクタンクや ジェネーヴの大学院か研究院にしばらく通い、銀行、政府機関、 シンク・タンクなどで安泰な収入を確保し、エコノミスト誌の常識、親金融の視点を福音書とするのである。

ところが、日本は、独自の高度な銀行システムを持ち、工作機械ではドイツに匹敵するほどの先端技術を持ち、ノーベル賞受賞者を多数輩出できる高等教育システムを持ちながら、この「先進国」のモデルに倣ったリーダーを輩出できていない。

日本のエリートはほとんど海外に留学しないし、日本には優れた知的サークルがあり、海外の学会やジャーナリズムからもたらされる情報に依存することはない。

他の国と違って、日本には一流の学術誌の中にかなりの数は日本語に書かれ、しかも日本人の専門家だけを引用して書いている。実際、植物学や細胞生物学などの分野では、世界トップクラスの日本語による学術誌が存在する。

同様に、日本には深度があり、多様な国内経済があり、多国籍企業が参入しようとしても、それは容易ではない。

過去10年間の富の大規模な集中は、超富裕層が秘密のグローバル・ガバナンスのための見えないネットワークを作ることを可能にした。その代表が、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズ・プログラムや(中国を対象に)シュワルツマン・スカラーズ・プログラムである。これらの新進気鋭の政策担当者は、各国の政府、産業界、研究機関に潜入し、グローバリズムのアジェンダが滞りなく進行するように仕向けている。

このようなグローバル・ガバナンスの狡猾な形態によって、日本も影響を受けている。しかしながら、英語が上手な日本人、ハーバードに留学している日本人が、日本社会で必ずしも活躍しているわけではない。

日本の外交や経済には、頑固なまでの独立性があり、これは、コロナのキャンペーンでは、ダボス会議の参加者の間で懸念されたものである。

安倍政権(とその後の岸田政権)は、世界経済フォーラムや世界保健機関のワクチン接種や社会的距離に関する指令に従ったものの、日本政府は他の国々に比べて市民生活への介入は少なく、各組織にワクチン接種を義務付けることもあまり上手くいかなかった。

QRコードを用いてワクチン未接種者にサービスの提供を遮断することは、他の「先進国」と比較して、日本では、限定的に実施されるだけであった。

さらに、日本政府は要求されたデジタル化のアジェンダを完全に実行することを拒否しているため、多国籍テクノロジー大手企業が他の国で行使している日本に対する支配力を否定している。このような日本のデジタル化の遅れを受け、ワシントンD.C.のウィルソンセンター (Wilson Center)は、デジタル庁の牧島かれん大臣(2021年9月にグローバル金融からの圧力で発足)を招いて、なぜ日本のデジタル化がこれほど遅れているのかを説明させた(7月13日)。

日本人は、デジタル化、つまり政府や大学の機能の多国籍ハイテク企業への全面的なアウトソーシング、情報の私有化は自分達の利益にはならないことをますます認識しているので、それに対する抵抗が根強い。

日本では、政府の機関が依然として 文書記録の使用を含む古い慣習に従って運営され続けている。日本人は今でも本を読み、韓国人や中国人ほどAIに夢中にはなっていない。

日本の西洋文明に対する抵抗は、1867年の明治維新までさかのぼることができる。日本は、西洋の思想を日本語に翻訳し、日本の概念と組み合わせて、複雑な国内言説を作り出した。それを基礎にして西洋のまねではなく、融合的なガバナンス体制を作ろうとした。明治維新で作られたガバナンス体制は、日本と中国の前近代的な先例に基づいて、19世紀のプロイセンやイギリスから引き出された行政ののモデルを使って、複合的な制度であった。

その結果、大臣が官僚の領分を君臨する封建的なガバナンス習慣が生み出され、官僚は自分たちの予算を注意深く管理し、内部の指揮命令系統を維持することになったのだ。

安倍元総理大臣の問題点

安倍晋三は現代で最も優れた政治家の一人であり、米国やその他の国際機関との取引には常に前向きであるが、日本をグローバリストの支配下に置くことに関しては常に慎重であった。

安倍元総理は日本を帝国として再生させるという夢を抱いており、自らを明治天皇の再来だと考えていた。

安倍元総理がイギリスのジョンソン氏やフランスのマクロン氏と違うのは、テレビに出ることよりも、日本国内の実際の意思決定プロセスをコントロールすることに関心があったという点だ。

一部の人が試みているように、安倍元総理大臣の治世を美化する必要はない。彼は、政府の危険な民営化、教育の空洞化を推し進め、中流階級から富裕層への大規模な資産移動を後押しした腐敗したインサイダーであった。

極右団体である日本会議を利用して、超国家主義的なアジェンダを推進し、日本の帝国時代の最も不快な側面を美化したことは、深く憂慮すべきことであった。安倍元総理は、どんなに愚かな軍事費増額にも揺るぎない支持を示し、アメリカのあらゆる無駄遣いも喜んで同意した。

しかしながら、岸信介首相の孫であり、安倍晋太郎外相の息子である安倍晋三は、幼少期から優れた政治力をもっていたことは事実である。政治的な道具を自在に使いこなし、世界中の企業や政府のトップを、アジアの政治家としては異例なほど簡単に呼び寄せることができた。

私は、2度ほど安倍元総理に直接お会いしたが、その印象を鮮明に覚えている。シニカルな政治を展開する一方で、日本人が「素直」と呼ぶ純粋さと素朴さを聴衆に発し、魅了する。彼の態度は、彼の信奉者の忠誠心を培い、彼の政策に敵対する人々を圧倒するような、受容性と開放性をほのめかしていた。

つまり、安倍元総理は、自民党内や国際社会で、相手の立場を考えて行動することができる優れた政治家であり、かつ、思いやりのある慈悲深い指導者であるかのように見えた。

そのため、安倍元総理の民族的ナショナリズムを敵視する日本人が、それでも安倍元総理を支持したのは、安倍元総理が日本に国際政治のリーダーシップを取り戻すことができる唯一の政治家だと考えたからである。

日本の外交官や軍人は、日本のビジョンの欠如について限りなく心配している。つまり、彼らが日本は大国となる資格を全て備えているにもかかわらず、受験だけが得意だが、リスクを取ろうとしない、臆病な東大卒の男たちによって永遠に運営されていることを悪夢としてみている。

そのため、日本はプーチンや習近平のような長期政権は当然できず、マクロンやジョンソンのような人物さえを輩出することはない。

安倍元総理は歴史を書くリーダーであることを望み、国際舞台でその役割を果たすのに必要な人脈、才能、冷酷さを持っていた。彼はすでに日本の歴史上最も長く総理大臣を務め、3回目の総理大臣就任を計画していたが、その時、彼は打ちのめされたのである。

言うまでもなく、世界経済フォーラムの背後にいる権力者は、たとえグローバルなアジェンダに適合していたとしても、安倍元総理のような国家指導者を欲していない。

何がいけなかったのか?

安倍元総理は、中国やロシアとの経済的関係が強まる一方で、米国、イスラエル、NATO諸国との政治的・安全保障的統合が急速に進む中、過去10年間に日本が直面した不可能なジレンマを、伝統的な国家運営の手段を用いて処理することができたのである。

日本がロシアや中国との友好関係を維持しながら、米国やその同盟国とこれほどまでに接近することは不可能であった。しかし、安倍元総理はほぼこれを成功させた。

安倍元総理は冷静沈着で、自らの能力と人脈を駆使して、日本独自の空間を切り開こうとした。その際、安倍元総理が頼りにしたのは、外務省の谷内正太郎という戦略的思想家による高度な外交術だった。

安倍元総理大臣と谷内大使は対照的だが効果的な地政学的戦略で東西両国に働きかけ、秘密外交を駆使して、日本を再び大国のゲームに参加させるための長期的な取引にこぎ着けた。

一方、安倍元総理はオバマ大統領とトランプ大統領に、韓国やオーストラリア、その他のインドよりもさらに踏み込んでワシントンの立場を支持する日本を示したのである。当時、安倍元総理は、米国の東アジア計画に合致した再軍備を推し進めるために、国内で多大な批判を受けることもいとわなかった。

安倍元総理は、親米的なレトリックと兵器システムの購入によってワシントンの政治家に感銘を与えると同時に、中国とロシアを最高レベルで関与させた。これは並大抵のことではなく、ワシントンDC内はもとより、北京やモスクワでも高度なロビー活動が行われた。

ロシアの件では、安倍元総理は2019年にロシアとの複雑な平和条約の交渉に成功し、関係を正常化し、北方領土に関する紛争を解決することができた。ワシントンが東京への制裁圧力を強めるなかでも、日本企業のエネルギー開発の契約を確保し、ロシアへの投資機会を進めることができたのだ。

ジャーナリストの田中宇は、ロシア政府が他の日本政府代表の入国を禁止した後でも、安倍はロシアへの入国を禁止されなかったと指摘する。

安倍は中国とも真剣に関わり、長期的な制度的関係を固め、 自由貿易協定交渉を進めて、その第15回協議(2019年4月9日~12日)で突破口を開いた。安倍は中国の有力政治家とすぐに接触できた。安倍のレトリックは厳しい反中国的なものであったが、中国の政治家からは信頼され、予測可能な人物であると考えられていた。

その結末

安倍元総理大臣暗殺に至るプロセスの引き金となったと思われる決定的な出来事は、マドリードでのNATO首脳会議(6月28~30日)である。

NATOサミットは、裏の隠れたプレーヤーが新しい世界秩序の法則を打ち立てた瞬間であった。NATOは、ヨーロッパを守るための同盟を越えて、世界経済フォーラムや世界中の億万長者や銀行家と協力し、別の時代のイギリス東インド会社のように機能する「世界軍隊」として、説明のつかない軍事大国に進化する道を歩んでいるのである。

NATOサミットに日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳を招待したことは、このNATOの変革の重要な部分であった。

これら4カ国は、情報共有(ハイテク多国籍企業に国家の軍事分析機能をアウトソーシング)、先端兵器システムの使用(ロッキード・マーチンなどの多国籍企業の担当者が管理しなければならない)、共同演習(抑圧的な意思決定プロセスの前例を作る)、その他の国民国家内の指揮系統を弱める「共同」アプローチなど、安全保障における前例のないレベルの統合に加わるよう招待されたのである。

7月1日に東京に戻った岸田が最初に会ったのは、間違いなく安倍だった。岸田は、バイデン政権が日本に要求した無理難題の条件を安倍に説明した。

ところで、ホワイトハウスは今や、ビクトリア・ヌーランド(国務次官=政治担当)ら、ブッシュ一派の訓練を受けたグローバリストの完全な道具と化している。

日本に対してなされた要求は、自殺行為のようなものであった。

日本はロシアへの経済制裁を強化し、ロシアとの戦争の可能性に備え、中国との戦争にも備えようとしていた。日本の軍事、情報、外交の機能は、NATOに集まる不透明な民間業者の集団に移されることになる見通しであった。

安倍元総理が死の直前の1週間に何をしたかはわからない。おそらく、ワシントンDC、北京、モスクワ、そしてエルサレム、ベルリン、ロンドンにあるすべての人脈を駆使して、日本がバイデンを全面的に支持する国いう印象を世界に与えながら、裏で中国やロシアとのデタントを構造する方法を模索していた。多段的な対応を考え出し、高度な政治劇を展開したのであろう。

安倍のこの対応は問題点があった。他国の政府が機能を停止している中で、日本がこのような高度な対応をしたことで、主要国で唯一、行政府が半端に機能している国になってしまったことである。

思えば、安倍元総理の死は、安倍元総理大臣暗殺のちょうど2年前、2020年7月9日に行方不明になったソウル市長の朴元淳と酷似している。朴氏はソウル市庁舎で、中央政府が押し付けていたコロナの社会的距離を置く政策に反発し、手を打った。翌日には遺体が発見され、同僚からのセクハラ容疑に悩んだ末の自殺と即断された。

今、何をすべきか?

現在の状況の危険性を過小評価するべきではない。ジャーナリストの田中宇が指摘するように、米国が自分たちのリーダーシップを発揮するための最良の希望を破壊し、グローバリストが日本に、ワシントンや他のパラサイト階級の隠れ立役者に依存する弱腰の総理大臣を延々と続けさせようとしていると認識する日本人が増えれば、そうした展開は日米の完全な断絶をもたらし、政治または軍事衝突につながる可能性があるのだ。

ワシントンD.C.の日本担当トップであるマイケル・グリーンが、彼の機関であるCSIS(戦略国際問題研究所)のホームページに掲載された安倍元総理への追悼文を書かなかったことは、それを物語っている。

グリーン氏は、ブッシュ政権の国家安全保障会議のベテランで、CSISのヘンリー・A・キッシンジャー・アジア・プログラム議長であり、「Line of Advantage: Japan’s Grand Strategy in the Era of Abe Shinzo 」(有利な一線:安倍晋三政権の日本大戦略)の著者である。グリーンは安倍元総理と、おそらくアメリカ人の中で最も親しい間柄にあった。

安倍元総理への追悼文は、クリストファー・ジョンストン(CSISの日本科長、元CIA職員)が原案を作成した。この奇妙な人選は、暗殺があまりにセンシティブな問題なので、グリーンは本能的に最初のレスポンスを書くのを避け、知名度低い専門の職員に任せたかったのだろう。

ワシントンでも東京でも、その他の場所でも、責任ある知識人や市民にとって、この不透明な暗殺事件に対する有効な対応はただ一つである。

それは国際的な科学的調査の要求である。そのプロセスは痛みを伴うかもしれないが、我々の政府がいかに見えない力に乗っ取られているかという現実に向き合うことを強いることになるだろう。

しかしながら、真の背後関係を見抜けなければ、国家のトップに責任が押し付けられ、グローバル金融の犯罪を隠すために、国と国の間の紛争に巻き込まれることになりかねない。

前回、日本政府が軍部の統制を失ったのは、1932年5月15日の犬養毅首相、1936年2月26日の斎藤実首相の暗殺が一因であった。

しかしながら、国際社会にとっては、1914年6月28日のオーストリア・ハンガリー帝国のフェルディナント大公暗殺事件をきっかけに、ロスチャイルド、ウォーバーグなどの銀行家が世界経済を統合的に操り、緊張状態を世界大戦へと導く環境を作ったことの方が重要なのである。

私がこのような文章を書くのは容易ではない。私は若い頃から日本の文化に深い関心を持ち、「源氏物語」から夏目漱石の小説まで幅広く日本文学を読んで深く感銘を受けたアメリカ人である。

私はアメリカの大学で日本文学専攻の教授を10年勤めた。その前は東京大学の大学院で博士課程まで勉強した。私にとっては日本ほど馴染みがある国はない。

私が経験したアメリカの9.11の事件と同じく、この暗殺を口実にして日本国を支配する権力に抗う市民を弾圧するようになることを懸念する。

この事件の国際調査のために日本人と一緒に努力したい。

それにおいての日米同盟は真実のための同盟であるべきで、平和のための同盟でもあるべきであり、多国籍企業に対抗する同盟であるべきである。

https://vimeo.com/729553917

(英語の原文)

When the Globalists Crossed the Rubicon: The Assassination of Shinzo Abe

国際社会で重要な役割を担う日本にとって、朝鮮半島統一がもたらすインパクトは?(講義)

グローバル・ピース・ファウンデーション・ジャパン

「国際社会で重要な役割を担う日本にとって、朝鮮半島統一がもたらすインパクトは?」

エマニュエル パストリッチ

アジアインステイチュート

理事長

4月23日(土)午後7-8:30

参加申込:下記申込フォームからお申し込みください(参加無料)
https://ws.formzu.net/dist/S24640162/

先生のお知り合いの方々にも、ぜひお知らせをいただけますと幸いでございます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

「コロナ禍 が本当に終わったのか」 国際革命黨

国際革命黨

「コロナ禍 が本当に終わったのか」

エマニュエル パストリッチ 代表

https://vimeo.com/629850550

どうすれば新型コロナウイルス感染症が終息したということがわかりますか?

私たちが情報源としている新聞、テレビニュース、ブログなどは、科学やイデオロギー、レトリックの断片が投影され、私たちを混乱させたり惑わせたりする、不安定で移り変わる万華鏡のように崩壊してしまいました。

デンマーク、オランダ、スウェーデンが新型コロナウイルス感染症の制限を解除したと、オルタナティブメディアは騒いでいますが、これまでの私たちの経験では、このような「突破口」は、別の国で、別の形で人類への攻撃を続けることにつながります。しかも、それらの国は、地球上の人口のほんの一部に過ぎません。

新型コロナウイルス感染症の終息を匂わせて、現在の腐敗したシステムが自力で危機を解決できるという希望を持たせようとしています。しかし、そのようなシナリオは全く到達不可能なのです。

メディアが提示する新型コロナウイルス感染症の終息基準はあまりにも役に立たないので、この流行が間違いなく終息したことを示す真の指標を、一般の方々のためにここに挙げなければなりません。

1)

この「コロナワクチン」を開発したすべての製薬会社、「新型コロナウイルス感染症」のデマを広めたすべての多国籍メディア企業、デマを広めた企業に投資したブラックロック、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカなどのすべての投資銀行やプライベート・エクイティ・ファンド、そして秘密裏に このプロジェクトに出資したビル・ゲイツやジェフ・ベゾスをはじめとするすべての超富裕層の資産を没収して、一般市民の生活を破壊することを目的としたコロナワクチン、PCR検査、違法な監禁、ソーシャルディスタンスを置く措置によって被害を受けた人々への賠償金に充当すること。 その他、これらの勢力に支配された企業、政府、病院、研究機関などによる犯罪行為も処分します。

2)

ゲイツ財団(ビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツを含む)、世界経済フォーラム(クラウス・シュワブを含む)、DARPA(米国の国防高等研究計画局)、ファイザーやモデナなどの大手多国籍製薬企業で、これらの致命的な「コロナワクチン」の開発と販売促進を担当した主要人物が逮捕され、その罪で裁かれること。

そうして、アメリカ、イスラエル、フランス、イギリス、ドイツ、ロシア、中国、日本、などで行われている新型コロナウイルス感染症の恐怖拡大に関連するすべての文書が機密解除され、裁判が有意義に行われるようになり、企業、億万長者、政府、とグローバルガバナンス機関との間の腐敗した関係が世界に明らかにされるようにします。

3)

新型コロナウイルス感染症のデマを広めた政治家や政府関係者、企業の責任者からの命令に従った者、超富裕層の手下からの指示に従った者は、職を解かれ、その多くを投獄すること。

4)

メッセンジャーRNAを注射された人の症状を長期的に治療する方法の開発を重要な医学研究課題とし、責任者から差し押さえた資産をもとに多額の資金を投入すること。

また、ナノセンサー、ナノロボット、酸化グラフェンなど、コロナワクチンに含まれる有害物質による身体への影響を長期的に治療するための研究を開始し、新しい治療法の開発を目指します。

今後、すべてのワクチンやその他の医薬品が、企業から金銭的利益を得ていない専門家による厳格な科学的評価を受け、その内容が世界に完全に開示されることを保証する政策を実施します。

5)

日本において、医薬品や医療から企業が利益を得られないための新しい医療政策が採用され、危険である医薬品を宣伝するための不正な資料を配布したことや、国会やその他の政府機関で虚偽の証言を行ったことにより、製薬ロビーが閉鎖され、その指導者が投獄されること。

コロナウイルス騒ぎの不正につながった日本と米国の研究と医療の民営化が終わり、国民の、国民による、国民のための医療が実現します。

6)

この新型コロナウイルス感染症のデマがどのようにして企てられ、世界規模で実行されたのか、その真相と全貌は、入念に調査された記事やアクセス可能な本に詳細に記述されており、それらの資料は学校で採用されている歴史教科書に不可欠なものとなっています。

新型コロナのデマに関連するすべての情報は機密解除され、すべての企業記録を公開します。

上記の6つの基準が満たされていれば、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは終わりに近づいていると言えるでしょう。そうでない場合は、マスクとワクチンの義務化の終焉といった新聞の見出しに惑わされてはいけません。

韓国の礼儀とソンビ精神

韓国の礼儀とソンビ精神

 エマニュエル・パストリッチ (Emanuel Pastreich)

朝鮮の2つの伝統、ソンビ精神と礼  

韓国は領土も大きくなく、人口も多くない国である。大陸と繋がる半島国家だが、南北に分断された一種の島国である。また、約100年前には植民地に転落した痛い傷も抱いている。植民地からの解放後に経験しなければならなかった韓国戦争(朝鮮戦争)はあまりにも残酷な試練であった。それにも関わらず、包括的な文化という概念で大国である。植民地時代から抜け出してから半世紀で韓国経済は世界10位に入るほどの目覚ましい発展を遂げた。それに止まらず、今や文化芸術分野とスポーツ分野においても注目すべき成果を出している。

最近まで特別に「文化」という分野で世界に紹介できるものが多くなかった韓国は、今や世界的な韓流ブームの震源地となり、東南アジアはもとよりヨーロッパを越えて北米大陸まで広まった。PSYの「カンナムスタイル」ブームは一時的な幸運ではなく、韓国文化の底力が世界に通じることを証明した大きな出来事だと思う。パリ、ロンドン、ニューヨークを問わず韓国語の歌詞を口ずさみながら、グループで「乗馬ダンス」を踊っている世界の人々を見ながら、実に大きな変化が起こっていることが分かる。

このように21世紀の世界経済と文化を先導する韓国人の手腕はどこから来たのか。何よりも私はこの500年間持続した韓国の伝統からその力を見いだすべきだと思う。ハーバード大学で韓国の古典文学を学びながら、朝鮮時代の文人のうちキム・マンジュン(金萬重、1637~1692)、パク・ジウォン、チョン・ヤクヨン(丁若鏞、1762~1836)などの文章を興味深く読んだことがある。彼らはソンビ精神を理想とするとともに学問を実践して現実の政治問題を打開する価値の中心に常に「礼」を置いていた。彼らの文章を一字一字読んでみると、理想的なソンビ像と礼学に関する言及が頻繁に登場している。私はこの二つの韓国伝統にとても深い印象を受けた。まず、礼について見てみよう。

朝鮮の礼学、社会秩序を回復する実践哲学

実は、礼学とは礼儀の本質と是非を探求する儒学の一分野である。韓国の礼学はただ冠婚葬祭の単なる事例集ではなく、社会秩序を平和な手段として維持する憲法に近い性格を持つ制度という印象を受けた。西洋文化の土壌で生きてきた私にとっては人間行為の規範であり、社会秩序の根幹として礼学と礼儀を前面に出すことは非常に不思議に思うとともに新鮮さが感じられた。

東アジアで礼は、生活に深く溶け込んですべてに影響を及ぼす人生の一部だった。西洋学者として東アジア4カ国で暮らし学びながら、今はある程度慣れたと思っていたが、日韓中の三国は時代別にかつ地域別に礼の姿が非常に異なっているので、一言で定義したり特徴をまとめることは簡単ではないことに気づいた。ただし、知識人とエリート社会を中心に簡単にまとめてみると、日本の「礼」は慣習中心であり、現実を肯定的に見つめると評価できる。一方、中国の「礼」は全体を中心に社会を統治し、政治的な地位を強調している。韓国の「礼」は感情と社会秩序を包括する特徴を持っていると言えそうだ。

17~18世紀に朝鮮は中国の『朱子家礼』をベースに礼学と知られた独特な形の学問分野を発展させた。礼学は人と人の関係、さらに人と社会、国の問題を重視する学問だった。そうした意味で礼学は実践哲学と言える。(豊臣秀吉による)文禄・慶長の役と丙子胡乱を経た朝鮮社会が実践哲学である礼学にその重心を移したのは、それほど社会秩序の混乱が激しかったことも一つの原因だったと思われる。ソンビさえも名分と礼儀、廉恥よりは利益により関心を持つようになった時、伝統的な秩序の維持と教化の機能を持った礼が強調されるしかなかったのである。

朝鮮の礼学の土台を作った思想家は沙溪のキム・ジャンセン(金長生、1548~1631)であった。沙溪の礼学と政治思想は文禄・慶長の役と丙子胡乱を経た直後の混乱した社会秩序を回復し、国家を再建するための実践的な性格を持っていた。栗谷 李珥の下で学んだ沙溪は『家礼輯覧』『喪礼備要』『近思録釈疑』『経書弁疑』などの著書を残した。このように彼が礼論に集中した理由はすべての人間が善良で正しい心で助け合いながら生きていけるように個人の行動方式を具体的に規定する秩序が必要だと捉えたからである。「仁」と「善」が善悪と道徳を判断する不変の基準であれば、正しい心と善良な心を表わす態度と手続きが正に礼である。したがって、礼は常に善良で正しいものでなければならず、さらに善良で義理堅いものであっても必ず礼として表現されなければならないのだ。

SNS時代の礼儀

一方、礼学は家柄や所属している共同体、政府または国家内で融通の利かない法に頼らずとも正しく礼儀に反しないように行動ができる方法を提示する学問と言える。礼学は、倫理に対する個人の協力と厳しい規則を通じて集団間の葛藤に対する解決方法を提供する。礼学は処罰的な要素を持っていないため、ネットワーク社会で発生する葛藤を解決することにおいて法律より高いレベルの自浄機能をはじめ、より多くの純機能を持っていると思う。

今日の私たちは様々なネットワークを作りながら生きている。よく現代社会を数多くのネットワークの中で行われる複雑な相互関係が、個人の実存的な生き方に重大な影響を及ぼすネッツワーク時代だと定義する。このような社会的なネットワークは近年のフェイスブックをはじめ、SNSを通じて急速に拡大されているが、実は私たちはその正確な本質と意味をきちんと把握していない実情である。さらに、SNSを通じて行われる各種行為と情報交換の範囲、社会的倫理などを規制する法的手段はいまだ整っていない。ある人はこのような問題を取り扱うための法律的・制度的な手段が作れるのかさえ、根本的に疑問視したりもする。

今日、個人の人生と評判は各種のメディアや誹謗行為にすごく簡単に露出されている。その結果、時には悲惨な結果をもたらしたりもする(様々なプライバシーの侵害、名誉棄損などによる悲劇的な事件を思い出してほしい)。それにも関わらず、ブログやツイッターを通じて他者に加えられる有害な行為を規制する法的制度を求めることは、望ましくないだけではなく、非効率的なものかもしれない。ネットワーク時代が開花した今日の現実において、道徳的な行動を勧める新しい対策が切実に求められる状況なのだ。その対策は、なにより処罰中心の法的制裁ではなく、自浄過程を誘導するアクセスでなければならない。

このような側面で韓国の知的伝統のなかで礼学は、現代が抱えるジレンマに意味のある解決方法を提供することができると思う。韓国で発展した礼学は、どうすれば他者とのかかわりの中で適切で礼儀正しい行動ができるのかを深く研究する学問である。これは家族や社会で発生する様々な葛藤や紛争を平和的で効率的に解決する手段になれる。様々な人々が集まって生きていく複雑な社会において、互いを尊重し合いながら、何をしてどう行動すべきかを明かすことがまさしく礼学というものである。

日ごとに流動性が強くなるインターネット時代に法律が規制できる部分は非常に制限的である。一方、礼学は組織運用という側面でとても効果的な手段として機能できる。また、礼学で提示する規則は人間だけではなく、アバターさらにサイボーグにも適用できる。なぜなら、礼学は人かどうかを問うものではなく、何が適切であるのかを問い詰め、礼を重要視するからである。21世紀の情報技術革命は、これまで国と個人を区分した数多くの障壁を切り崩し、その結果、様々な関係の中で大変な流動性を創出した。このような条件で礼学は個人間の関係はもちろんのこと政府機構間の問題に対しても様々な潜在的な規範を提供することができ、これは我々にとっておびただしい価値になるだろう。

現代の韓国と礼儀

伝統的に韓国人は、礼儀と集団意識を非常に大切に考えている。現代化と産業化を経て、礼儀の価値や共同体精神がとても毀損されていると言うが、いまだに多くの人々が礼儀を重視し、大人は子どもに礼儀を教え、子どもは大人に礼儀を表す。でも、本当の礼儀は年齢や性別、職級による社会的階級によってスプリングのように変わるものではない。韓国では年齢や大学入学の年、職位、年収を聞くのが初めて会った人への自然な挨拶だが、これは礼儀とはまったく異なるものである。社会的な地位の高下によって人を尊重したり無視したりすることは、儒教の教えではない。孔子は地位と権力を持った人物にも、決して媚びるようなことはしなかった。すべてを国民の側に立って考え、判断しようと努力した。君主に問題があると判断したら、自ら他国に去ってしまった。

礼儀が本物の価値を持つためには、必ず平等思想が前提となる。韓国人は、アメリカを平等思想が徹底している国と認識しているが、必ずしもそうではない。平等を愛して大切に思うが絶対的ではなく、人によって考える平等の目安はそれぞれである。韓国では父親が箸をつける前は、子どもたちが先にご飯を食べてはいけない慣習がある。以前は同じ食卓で食事をすることも許されなかったほど、父親の権威が保たれていた。しかし、このようなことは真の礼儀ではなく、儒教の合理的な教えでもない。西洋学者として観察者の観点から見ると、このような韓国の父権主義的な権威主義は、形式的な側面が強調されすぎているという考えを拭えない。本質は消え、皮だけが固く残っているのではないかと思われる。

もう一つの例を挙げると、韓国語は英語圏の言葉と異なり、尊敬語が豊富である。尊敬語と謙遜語は韓国語の最も大きい特徴だと言っても過言ではないほど、多すぎる。それが過剰な場合、ややもすれば合理的なコミュニケーションと民主的な意見提案を阻害するのではないかと恐れられている。韓国人がよく勘違いすることがある。英語は上下の概念がないため、大人も子どもも皆がため口で話すと考えていることである。韓国人の観点から見ると、礼儀も概念もない非常識な行動だが、実は英語にはため口という言葉がない。先にも述べたように、平等を尊重するからである。ため口がないのでなお敬語が有り得ない。

礼儀は、時代と状況によって絶え間なく変わりつつある。朝鮮礼学の礎を作った沙溪・金長生も、礼が固定不変のものだとは考えていなかった。朱子の教えをそのまま素直に受け入れることではなく、朝鮮社会の実情に合わせて新しい解釈を付け加えたため、彼の思想が朝鮮社会を再建する精神的な柱の役割ができたことである。変化する現実に合わせて絶え間なく再解釈された例だけが、その合理的な核心を維持しながら後代にも受け継がれるだろう。今日、我々に必要な礼は現実のニーズに応えられる「生きている礼」である。

現代社会とソンビ精神

情報技術革命によって生き方の様態が根本的に変わっている今日の世界で、道徳性と勇気、想像力が発揮できる新しい指導者を育成することはどうすれば可能なのか。今日の課題を解決するために、過去に目を向けて解決方法を探るのであれば、私たちはどのようなことで助けを得られるのか。朝鮮時代のソンビ精神がその解答になるだろうか。ソンビ精神なら道徳性、勇気、想像力を持つ人間を育成するにおいてどんなヒントが与えられるのか。

まず、朝鮮時代のソンビの伝統は人と制度、技術の間を柔軟に調律する方法を教えるという点に注目されている。現代社会は機械の便利さと現代化を強調しすぎたため、人間の根源的な判断力が乏しくなる傾向がある。想像力はコンピュータからは絶対得られない。道徳性も同じである。人間の正しい行為と技術が促進する道は互いに衝突する場合が多い。技術の便利さを時には無視したり、距離を置くことにも勇気や道徳性が必要である。ソンビ精神はそのような流れの中で非常に重要な役割を担うことができる。

ソンビ精神は韓国人だけに留まらない。今、韓国、米国、ヨーロッパなど様々な国で最も問題視されているのが正に責任感のないエリートである。その解決策をソンビ精神から見つけ出すことはどうだろう。韓国の「ソンビ精神」を海外に積極的に紹介するとたくさんの人がインスピレーションを受けるだろう。アフリカの小さな村に住んでいる住民が偉大なソンビ精神、読書、道徳、実践の伝統を生き方の信条にすれば、それこそソンビ精神の世界化になるだろう。

日本には侍精神がある。世界どの国に行っても知らない人がいないほど、広く知られている日本の代表的な精神文化が侍精神である。韓国の子どもたちも遊ぶ時に「僕は忍者だ!」というシーンをしばしば目にすることができる。幼い子どもが日本を代表する精神を口にするという皮肉が目の前で起きたりするのである。それほど日本と言えば侍が、イギリスと言えば紳士が思い浮かぶが、韓国に対する代表的なイメージはまだまだ浮かぶ表象はない。しかし、韓国には数百年間も受け継がれている代表的な精神文化としてのソンビ精神があるのではないか。

ある人はソンビ精神が男性中心主義的な限界を持っていると評価を下げたりもする。もちろん、今日のソンビ精神は男性の専有物になってはいけない。朝鮮時代には父権中心の文化で父親が家庭のリーダーとしての役割をしたが、現代社会で韓国が世界的な国としてアップグレードするためには、女性の役割が非常に大事である。今でも、女性は確かに韓国社会の主なエンジンとして活躍している。女性の役割はこれからもさらに大きくなるだろう。

それだけにソンビ精神は男性だけの伝統ではなく、女性の伝統にまで拡大されていくべきだ。ソンビ精神は新しい希望と展望を与える伝統になれる。古代ギリシャ社会には奴隷もいたし、様々な悪習もあったが、民主主義の伝統はその時に始まった。良いことばかりではなかった時代の伝統を現代では良き伝統に発展させて活用しているのである。ソンビ精神も同様である。現代社会にふさわしい、女性の価値も十分に盛ることができる精神に発展させることもできるし、また積極的にそれを追求すべきだと思う。

伝統から学ぶこと

このような観点から、韓国の伝統文化は、現代社会が直面している多くの問題に解決策を提示することができる。いくつかの具体的な事例を挙げてみよう。まず『朝鮮王朝実録』は、世界的にも稀な記録文化の見本であり、言論制度の見本でもある。また、朝鮮時代の風水思想は迷信だとするのではなく、生態系を考慮して自然を守る環境に優しい自然観を持っている大切な遺産として発展させることができる。上記したように、韓国の礼学の伝統は、SNS時代に最も適した倫理観として開発できる。18世紀、日韓中の三国が共有した東アジアの共同体意識(漢字文化圏)を今日に復活させるのはどうだろうか。十分に可能で有意味なことになるだろう。何より責任感のある知識人を育成することは、今日のすべての国が直面した喫緊の課題である。伝統儒教の中から見える民主主義的な要素や伝統農業が持つ現代的な価値も断じて見過ごせない。

現代中国の礼をより詳しく見てみよう。中国に対して米国や西洋の民主主義の導入を強要すると激しい反発が予想される。しかし、中国の儒教的な伝統、つまり「元以前の民主的な儒教伝統」という形で「民主主義」を紹介すれば、その効果は非常に大きいだろう。中国の儒教的な伝統の中にも「民主主義」的なDNAが存在するからである。伝統の中に存在していた民主主義を復活させることに対しては、別途の抵抗はないだろう。ソンビの伝統をベースにした新しい民主主義であれば、東アジアの「民主主義のルネサンス」も可能ではないだろうか。ソンビ精神の中にはそれほどの潜在力が十分にあると思う。

最近の韓国では、科学者を夢見る子どもの数がだんだん減っているという報道を聞いたことがある。最近の小学生に将来の希望を聞くと格好良く見える職業、金をたくさん稼げる職業、たとえばアイドルとか公務員だと答えるそうだ。大学でも人文学や社会科学、自然科学は次第に淘汰され、経済・経営学や工学・医学のような実用学問に人気が集中している。実用学問が一時的に就職に有利かもしれないが、実際の人生や職業的な活動をすることに役立つかは検証されていない。むしろ哲学のような人文学がより役に立つこともある。

儒教の伝統では昔から倫理とそのベースになる原理と原則を教えることを教育の核心とした。これは非常に優れた教育方法だと思う。真の教育とは特定の情報を注入・伝達することに留まらない。世界が回る原理、問題にアクセスする戦略、冷静に分析して判断する常識を育成することこそが正に教育である。それらを身につけた時、初めて新しいチャレンジに適応できる内的力量が整ったと言えるだろう。

朝鮮時代のソンビは真のソンビの姿勢を完成するために読書をした。「なぜ」よりは「どうやって」に集中する今日の知識人の形態を見ながら志操と気概、清浄な心掛けを育てるのに情熱を注いでいたソンビの姿勢を強調せずにはいられない。「本の中に答えがある」という言葉は、単純に読書ですべてが理解できるという意味ではない。本を読んで何度も推考して理解する過程を通じて知恵を育てる。深く考えながら様々な分野の本を豊かに接することができたら世界を見る鋭い観点を持つことができる。ソンビたちも必ずしも量的にのみ本をたくさん読んだわけではない。まず、核心古典の四書五経を完璧に読みこなし、理解した後で初めて次のステップに進んだ。結局、本を読むことは「世の中」を読むことである。考えも無しに本を1000冊読んだところで、なんの意味もない。

企業文化とソンビ精神

ソンビ精神は疑うことなくすべての韓国人が誇らしげに思う韓国人の文化である。ソンビ精神をベースにした共同体中心の文化を企業に導入すれば、企業革新の新しいモデルが生まれることができる。さらに、ソンビ精神は人種や民族、種族を差別しない普遍的な性格の概念という点において他の国に拡張させる無限の潜在力を持っている。アメリカや日本、ドイツなど国外の企業もソンビ精神を中心とする革新的な企業文化を受け入れることに特別な拒否感を持つ必要はないだろう。

国際社会でサムスン、現代、LGのような韓国の大手企業は非常に大きい力や影響力を持っている。アメリカや日本、ドイツの会社と共に世界的な製造業市場を形成しただけでなく、むしろ世界をリーディングしている分野もある。しかし、国際社会で必ずしも韓国企業の評判が良いとは言いきれない。韓国企業は短期的な収益に価値を置きすぎている。環境問題や人権問題に対する意識が高くなく、企業自体も多くの問題点を抱えていると批判されている。もちろん、韓国企業だけが批判されているのではない。他の国の大手企業も似たような批判を受けている。

収益だけを核心価値と思う企業は、その企業を構成している職員を人間として尊重していない傾向がある。ヨーロッパや米国では初期資本主義時代の試行錯誤を経て、今は相当なレベルの道徳性まで備えるまでに発展した。しかし、ここ数十年間、国際社会で急速に影響力を拡大している。韓国企業はヨーロッパの初期資本主義に現れた過ちをそのまま再現する姿をたまに見せることもある。

核心は企業文化のDNAを変えることである。世の中は今、新しい企業精神と文化を持った会社を強く望んでいる。さて、このような課業を韓国の企業が先導的に遂行するのはどうだろうか。韓国の伝統には人間らしい企業文化を創出することができる精神的なモデルが存在している。ソンビ精神がまさしくそれだ。韓国が一流国家であるという評価を受けるためには、ソンビ精神をベースに社会的な責任を企業が積極的に受け入れて革新をすることで、収益性だけを強調することなく、人類に貢献する努力に対しても評価される文化を作るべきである。

そのような企業文化が韓国から始まることができるのであれば、外国の他の企業もそれを受け入れるだろう。韓国企業がこれから世界の流れに沿っていく存在ではなく、世界の流れを主導する側に属していることも無視できない変数である。世界的な韓国企業が人間の価値を尊重して、協力し合う新しい企業システムを作るのであれば、韓国は国家的にも大きな影響力を持って尊敬されるだろう。

このような変化は究極的に企業にも役に立つことである。全世界が一つの市場に変化する現実の中で企業の目的を収益の創出に限ることは、企業の生存のためにもプラスにはならない。収益の創出と共に職員に対する分配、地域社会と地球村に対する貢献が企業の目的として尊重されるべきである。実績評価も収益や分配、社会的貢献など、すべてを考慮するように変化すべきである。特に、大企業は世界的な問題を解決する社会的なキャンペーンにおいてもっと大きな責任意識を持つ方向に企業の方針を変えるべきである。人間の価値を尊重し、社会的な葛藤を解消し、紛争と貧困、環境問題などを解決するにおいて積極的な責任意識を持つことが必要である。

多くの人々が「危機」について語っている。新世紀に対する希望を話してから10年も経たずして経済危機はもちろんのこと、倫理の危機が押し寄せてきた。危機を呼び寄せた原因としてはそれぞれ数多くの要因を挙げることができるが、最も大きな原因は「無責任なエリート」の存在だと思う。そうした意味で韓国のソンビ精神は世界が共有できるモデルであり、新たな覚醒を呼ぶ触媒剤になれると期待している。

「私は悪を恐れない」新刊ニュース

2020年米国大統領選への出馬宣言」

「私は悪を恐れない

2020年米国大統領選への出馬宣言」

パストリッチ エマニュエル

(金成主 翻訳)

パブー出版

2020年 08月 04日

販売価格:900円 (税抜)

日本文学が専門のアメリカの代表的な知識人パストリッチ氏は, ワシントンD.C.において外交と安全保障の活動を行ってきましたが, 2019年に共和党と民主党の腐敗した政治文化にはこれ以上期待できないと感じ, 2020年2月に無所属の独立候補として米国大統領選へ出馬しました. 本書は, 出馬後5ヶ月間にパストリッチ氏が行ったアメリカを全く新しい方向へと導こうとする感動的な12の演説が収録されています. アメリカの権力者が抹殺しようとした本物の大統領候補と希望をここで初めて日本語で紹介します.

https://book.sobin.org/?fbclid=IwAR0yqG3PwD6YnyTwhpm0u2F2-TqaYzr6TTtKRpAPzO82hmtdO1-2SKMpgSE

●アメリカ合衆国は、長らくアジアに大きな影響を与え続けてきました。しかし、私たちの多くはアメリカ大統領選挙に投票することはできません。


●ただ、われわれは、たとえばアジアを大切に想い、われわれとの明るい共存ビジョンを持つ候補を声援することができます!


●もし、われわれの声援がアメリカで何かの力を呼び起こし、われわれとアメリカの人々が共に幸せに生きてゆく道が開ければ、それは世界を変える新しい方法となるでしょう。


●ここに、一人の革新的な国家観を持った、アメリカ大統領を目指す理想主義者エマニュエル・パストリッチさんがいます。多くの政治志望者が立候補前から現実社会のいいなりになるなか、パストリッチさんは、社会の維持拡大のためだけに市民を駆り立てるような誘導的なやり方に厳しく批判の矛先を向けています。リーダーシップを強制力の道具として悪用しない決意が見てとれます。


●さらに、この電子図書ではアメリカの政治に関する根本的な問題についても詳しく解説されており、東アジアとアメリカの関係を知るには必携の資料ではないかと思います。また、ポチャバルに賛同してくださる人間主義的な皆さんが関心を持つような考え方が丁寧に紹介されています。金成主さんの翻訳も大変読みやすいと思います。

●われわれ東アジアと共に歩んでくれる候補を応援することは、われわれにできる最も積極的な政治参加のやりかたです。ご関心のある方は、ぜひ、この電子本を購入してください。その代金は彼の今後の政治活動資金の一部となります。そして、あなたがもしパストリッチさんに共鳴したら、それはあなたが『二人三脚方式』でアメリカの参政権を手にしたことと同じです。法律の枠組みを超えて、世界政治に参加する。そんな夢を、まずはこの電子図書の購入から始めてみませんか?

電子版を購入

https://puboo.jp/book/131180?fbclid=IwAR26b0–ubLQZeji0jEz1AStdnDxsEu9PNo6uKGQa5DfShAT-Vth7ZWKyQw

目次

はじめに

日本の読者へ

序文

なぜ無所属の大統領候補として出馬するのか?

第1章

私は悪を恐れない 〜米国大統領への立候補宣言〜

第2章

パストリッチ 2020 綱領17条

第3章

民主的経済

第4章

「運動主義」、「不平主義」、「魔術主義」

第5章

安全保障とは何か?

第6章

ジョージ・フロイド氏の死後における合気道政治

第7章

ユニバーサル・ベーシックインカム 〜経済的解放か? それとも奴隷への第一歩か?〜

第8章

グローバルガバナンスの未来と地球議会

第9章

誰がFacebookを所有しているのか?

第10章

米国の「特異な制度」と化石燃料に終止符を打つ

第11章

非武装地帯をなくそう 〜朝鮮戦争開戦70周年を迎えて〜

第12章

民主主義への第一歩を踏み出せ 〜特別選挙が必要な理由〜

あとがき

謝辞

著者紹介

翻訳者紹介

アメリカ大統領への立候補宣言 「私は悪を恐れない」

アメリカ大統領への立候補宣言

「私は悪を恐れない」

エマニュエル・パストリッチ

独立候補

2020年 2月 24日

歴史の流れには、時に劇的で、圧倒的でさえある転換点があります。そこでは漸進的な適応以上のものを要求しなければならず、社会のあらゆる面の根本的な再構築を要求しなければなりません。今現在はまさにその瞬間であり、私はアメリカ大統領選挙への立候補を宣言することにしました。大統領の地位に付随する特典(特に現在、機関が衰退したために派手になってしまった特権)を望むからではなく、この国の最高の伝統から最も恩恵を受けた人々が戦いに身を投じることを厭わない限り、私たちの国の出血を止めることが出来ないと感じたからです。

気まぐれや束の間の感情への訴えではなく、真実に基づいた政治を行う時が来ました。私たちは、最愛の米国に浪費をもたらした深い道徳的腐敗から目をそらすことはできません。人々の苦しみに対する深い共感と、この国がどうあるべきかという、国民に使命感を与えるようなビジョンとを組み合わせなければなりません。

このキャンペーンでは煌びやかな虚偽の約束をいたしません。正直な政治の言説を回復し、理想を保持し、その理想を実行する政府を再確立するまでは、政治家が自らを「保守的」または「進歩的」と呼ぶかどうかにかかわらず、政治家の約束にはあまり意味がないからです。

今日、私たちの政府、私たちのジャーナリズム、私たちの教育機関、私たちのコミュニティ、そして私たちの家族はす​​べて、崩壊の危機に瀕しています。自己欺瞞に負けて、目の前にある荒れ地に立ち向かうことさえ出来ていません。

私が主張するのは以下のことだけです:国民が理想を確立し、習慣を実践し、この国を再構築する基盤を形成する政策が準備できるように、また、すべての人が近隣において、いつでも実際的な政策決定過程に参加できる機関を構築するために、私たちは共に努力しなければなりません。このコミュニティを形成できない場合、人々がお互いを自分の利益のために利用できる対象としてのみ見るならば、最高レベルの政策改革でも私たちの未来を救うことはできません。

今日の市民はもはや市民ではなく、すべての政治家にお金を浴びせている企業に雇われた広報会社によって、事前にパッケージ化された幻想を押し付けられている単なる消費者に過ぎません。

私たちはオブザーバーとしての役割しか持たず、私たちと会うことも、私たちを代表することも、私たちからの電話に出ることさえしない政治家にお金を差し出す以外に選択肢がないと、腐敗したメディアから私たちは教えられています。一握りの強力な企業に支配されているメディアは、私たちの問題を解決するためには魔術師を探し出さなければならないほど困難であり、そして、自分たちの手でより良い社会を構築するためには、私たちを導くリーダーを避ける必要があるということを信じ込ませるために、一生懸命働いています。私たちが自らの手でそれを構築し始めるまでは、良い政府への道はあり得ません。

奴隷制に反対したフレデリック・ダグラス博士が書いたように、「誰かが自由になるには、彼ら自身が打撃を与えなければなりません。」

大統領職のためのこのキャンペーンは自分自身を企業メディアに広報するためではありません。私たちが奴隷になることを要求する悪臭がするメディアの群れの前で屈服するよりは、私たち自身の手で信頼できる市民ジャーナリズムのシステムをつくる方がよっぽど良いからです。今の企業メディアは全会一致で私を侮辱してきますが、私は彼らの侮辱を歓迎します。

11月に投票するだけではなく、米国を変革するための闘いに加わり、毎日私たちに協力してください。あなたの努力は、説明責任のある政府に市民を結びつける「筋」を作ります。私たちの近隣組織が民主的で参加型でない場合、その国家はもはや民主主義ではありません。

無罪の国民に満ちた広大な刑務所にしろ、子供たちを悲惨な状態に追い込む腐敗したインフラにしろ、質素、謙虚、慎みの美徳を破壊した消費とわがままな文化の公布にしろ、この国は本当に時間が遅れています。

国は市民のニーズに予想通りに応対する繊細な時計のように機能するはずです。しかし、時計のファンフライが泥で詰まっている場合、雁木車が破損している場合、またはハンマーロッドが反っている場合はどうすればよいでしょうか?

時計が遅くなり、最終的に回復不能な停止状態になることを知って、時計をそのままにするでしょうか?または、時計を一時停止し、頭から爪先まで全体をきれいにし、修復して改善しますか?後者のアプローチでは専制政治を唆すリスクがあります。しかし、前者は事実上それを保証します。国の崩壊を静かに見守るよりも、危険ではあるが重要な手術の準備をする方が良いはずです。

数多くの越権と奪取が絶対的な専制政治の追求から生まれることが痛々しいほど自明になると、人々の将来の安全のために、新しい予防線を提供することが私たちの権利と義務になります。

すべての将来の行動を下支えする2つの基本原則があります。

1.真実の科学的調査

民主主義は、人々のニーズに応えて、行政に対する知恵と社会に対する理解が政策に変換されるプロセスです。しかし、人々が、ミスリードされ、歪曲され、装飾されたジャーナリズムに飽き飽きしているなら、もし、人々がわがままであり、したがってガバナンスへの関心を失うように教えられているなら、我々はもはや民主主義を持ってはいません。政策に関する議論が真実に基づいていない場合、空想的な民主主義になります。しかし、これは難しい部分ですが、真実は決して民主的ではありません。もしも、私たちが投票によって何が真実かを決定することになれば、あまりにも秩序的で合理的過ぎる精神病にすでに陥っていることになります。昨今では多くの市民、特に教養のある知識人が、世論や人気投票を見て何が真実であるかを決めています。このような極めて反知的な文化の方向性は大変危険です。

私たちは、この国の貧困とその原因、私たちが戦う外国戦争の背後にある動機、教育と地域社会の衰退についての真実を探求します。私たちは、あなたが近所の社会的、経済的な現状を調査するときにあなたを奨励し、あなたをサポートし、あなた自身で解決策を策定し、そして実行するための道徳的な勇気を育てるのを助けます。

エイブラハム・リンカーン大統領を引用すると、「国民の、国民による、そして国民のための」政府の設立が私たちの目的です。この目標は、単一の人の選出、または単一の法案の通過によって達成することはできません。それは、私たちの文化と習慣の大きな変化の結果としてのみ生じるでしょう。

金持ちから大金持ちへ、血まみれで詐欺的な男たちの手から手へと渡る富の大規模な移動から、あなた達の目をそらすために、愚かにも汚れたお金を使うようなことはしません。私たちは真実を語り、悪を恐れません。そうしてこそ初めて、私たちは終わりのない戦争を終わらせることができます。そうして初めて、米国の普通の人々への冷酷な搾取が止められます。

2.国民のための政府

米国憲法は、権力者ではなく、国民を代表する政府の青写真を定めています。この国を建設するプロセスは不完全であり、奴隷制という犯罪によって汚染され、原住民の虐殺によって損なわれました。それでも、私たちはまだ残っている、粉砕された制度のあちこちに輝く憲法の炎を垣間見ることができます。

企業が資金を提供するPRの仕掛けとして、または利益を追求する請負業者の玄関口としてではなく、人々の福祉を保護し、権力者に反対する人々を守るものとして、今こそ政府を改革する時です。

急進的な富の集中、環境の壊滅的な崩壊、富への道としての軍事主義への愚かな衝動、これらの犯罪は、今日の「常識的な世間」での議論のトピックとしてさえ考慮されていません。私たちを導くはずの政治家は、臆病と偽善で織られた毛布に身を包むことを好み、「4匹の猿」の名誉ある慣習を真似ています。

しかし、その静寂の選択にはひどい隠れたコストがかかっています。アフガニスタンの厳しい山道やウォルターリードメディカルセンターのくすんだ廊下で、悪夢は若者の周りを包み込みます。断片化された心をつなぎとめようとする自分の尿の中に、または、空白の壁を一日中見つめている私立刑務所の独房の中に、悪夢は横たわっています。

子供たちを養うために、昼夜を問わず過酷な仕事で絶えず働かなければならない人々に希望の光をもたらしましょう。彼らの利益を国家的課題の中心に置く政府が創設されることを彼らに知らせてください。私たちは奴隷制を奴隷制と呼ぶことを恐れておらず、戦争を戦争と呼ぶことを恐れていないことを彼らに知らせてください!

真実は引き続き前進する

謙虚な心、そして辛抱強さと忍耐をもって、一緒に前進しましょう。私たちのキャンペーンは時には対立的でなければなりませんが、それは常に愛に根ざし、根づいています。私たちは、虚栄心によって集まる裕福な人を減らし、労働によって集まる人を増やすことを要求します。最も価値のあるものは、目に見えないものであることをすべて明らかにします: 個人として、グループとして、そして国家として、全体の利益のためだけでなく真実を追求するためにも、自分自身のリスクを厭わずに私たちを導くコアバリューです。

石油とプラスチックによって私たちの環境に与えられた損害、金持ちによる数兆ドル規模の財産の国外への貯め込み、どのようにして権力者がインターネットを利用して私たちを本能的で、自制がない動物にするのか、これらの重大な社会危機は今の企業メディアでは一切紹介されていません。我々は努力して、この事実が明らかに見えるようにします。

それはアメリカ社会の大転換になるはずです。仲間の市民の皆さん、真理はあなたがたを自由にするでしょう。

— — — — — — — —

エマニュエル・パストリッチ 2020

アメリカ大統領 独立候補 綱領

17条

1. 公正でない選挙は認めません。

現在の選挙制度は非常に腐敗しており、意味がありません。資格のある候補者は投票に参加できず、彼または彼女のアイデアや活動は、重要な情報への市民のアクセスを拒否するメディアによってブロックされています。投票は、ハッキングされるように設計されたコンピューターシステムを使用してカウントされ、人々の神聖な選択の証拠を残しません。貧しい人が住んでいる地域には投票機がほとんどないので、疲れた母親と父親は何時間も並んで待つ必要があり、夕暮れが近づくにつれて寒さで震えます。

すべての市民が簡単に確認できる方法で投票する権利が保証され、資格のあるすべての候補者が、彼や彼女らの政策を人々に直接提示することができる、国際的に監督された選挙を国が行うまで、大統領またはその他の選挙を正当なものとして認めることはできません。選挙全体をクリアな方法で処理し、商業広告を禁止する必要があります。

正当な選挙がないのなら、私たちにはこのプロセス全体を拒否する道徳的義務があります。私は大統領に立候補しましたが、金持ちが私に資金を提供したり、政党が私を支援したりすることを期待していません。 2020年の選挙も不正になることが予想されるため、結果を受け入れることも、勝ったと主張する人々を認めることも出来ないことはわかっています。さらに、「選出された」人は全ての意味において「私たち」の代表ではないことがすぐに明らかになるでしょう。私たちは、私のような候補者が参加できる正当な選挙が行われるまで待ち続けます。

2. 気候変動は圧倒的な安全保障上の脅威です。国内および外交政策のあらゆる側面での対応が必要です。

気候変動の緩和と適応のための100年計画への全面的なコミットメントは、米国のすべての安全保障、経済、教育政策の中心になければなりません。 2、3年以内に石油と石炭の使用をゼロに減らすために、戦争経済に相当する資源をすべて投入しなければなりません。

政府は、化石燃料の使用の急速な削減を要求し、自家用車の使用を終わらせ、飛行機の使用を制限する指令を定めます。私たちは、あらゆる地域での太陽光発電と風力発電機の設置に資金を提供します。これらの技術のすべての知的財産権は、この目的のために政府によって引き継がれます。 2か月以内にすべての住宅に最高の断熱材を導入することを含めて、すべての建物の炭素排出量がほぼゼロになるように、直ちにアップグレードを行います。政府は50年のローンを使用して、化石燃料よりも再生可能エネルギーを安くします。

石油、石炭、ウランに対するすべての補助金を廃止します。これらの物質は、営利目的で販売できない規制物質として指定されます。

軍隊は、国の他の領域よりも100%再生可能エネルギーにすばやく変換され、それによって環境の最大の敵から最も強力な防御者に取って替わります。汚染された戦闘機と時代遅れの航空母艦は、彼らが企業にもたらす利益を心配することなく直ちに廃棄されます。仕事を失う立場にある人は、再生可能エネルギープロジェクトでの雇用が保証されます。

石油およびガス会社は、環境を破壊していることを十分に知っている市民に危険な物質を押し付けるために数兆ドルを費やしました。そのような行為は法律によって犯罪とみなします。これらの企業とその所有者の資産は、政府によって押収され、私たちの経済の変革に資金を供給するために使用されます。

エネルギー、食物、天然資源の浪費は、それが憎むべきものであると認識され、より良い生活の象徴として決して宣伝されることはありません。

政府は真に持続可能な都市と郊外のコミュニティの創造を監督し、生物多様性を確保するために野生地域の回復に着手します。それは、私たちの聖なる森と貴重な湿地を汚したモール、駐車場、工場、高速道路を破壊することを意味します。

3. 必要な手段で核兵器を排除する。

人類は前例のない核戦争のリスクに直面しており、「使用可能な」小型核兵器の推進によって状況はさらに酷くなっています。 私たちは、これらの危険な兵器を地球から排除することに全力を尽くしますが、そのプロセスは痛みを伴います。 私たちの子供たちのために、私たちはすべての核兵器を強制的に没収し、安全に処理します。それは米国から始まり、そして世界の他のすべての国々にまで拡張します。 私たちは、国内外の、政府内および政府外の献身的な市民グループと協力します。 核兵器の開発も停止する必要があります。

4. 多くの人が直面することを拒否した過去の国際的な科学的調査を開始する。

過去20年間、私たちを捕らえてきた否定の文化を振り払うまで、気候変動と核戦争の脅威に対処することはできません。 いわゆる「9/11」事件を含め、2000年の選挙後に少数の有力者が行った行動について、大胆不敵な調査を行わなければなりません。

国際的な「真実と和解」チームが科学的手法を採用し、市民と世界が見るべき真実の物語を明らかにしなければなりません。 調査の範囲に制限はありません。 ケースの深刻さを認めると、関連資料はすべて機密解除する必要があります。 また、あるグループだけを責める単純化された物語に満足する必要もありません。 オリエント急行殺人事件は解決可能な犯罪でした。

5. 米軍を撤収させ、国連をアップグレードします。

米国は世界中に配備された軍隊を撤収しなければなりません。軍隊はしばしば富裕層の利益のために遣え、兵企業で搾取されました。 私たちは真の国際安全保障のために戦い、死ぬ準備ができていなければなりませんが、国連憲章で定義されている最も厳しい意味でのみそうしなければなりません。 つまり、私たちの足の下の土を守り、海の純粋な水が毒されないことを保証し、無意味な戦争で戦うよりも、永久に森林を保護するために、貪欲の力との高貴な戦いで私たちの命を危険にさらす方が良いでしょう 。

国連は脆弱な惑星(地球)の未来を計画し、それを実行する主要な空間でなければなりません。 しかし、それは企業や裕福な個人の干渉なしに、地球の市民を代表する権限を与える完全な改革がなされた場合にのみ行うことができます。

6. 企業は人ではありません。金持ちは1票しか獲得できない。

企業は人間ではなく、政策の策定において果たす役割はありません。同じことが、超富裕層や意志を発揮する投資銀行にも当てはまります。政策立案者が必要とする情報は、利益を得る圧力をかけずに我が国の現状を客観的に評価できる公務員、教授、その他の専門家によって提供されなければなりません。

金持ちはただの人です。彼らには誰よりも多くの権利はありません。彼らは政策決定において特別な役割を持ってはならないのです。直接的または間接的にお金を使って政策に影響を与える人々は、汚職と贈収賄に従事しています。無害な「コンサルティング」および「ロビー」という用語を使用して、そのような犯罪性を隠しています。

政府が企業から独立を取り戻し、人々を保護するための厳格な規制システムを作成できるように、公務員に権限を与えなければなりません。私たちは以前にそれを行ったことがあり、再びそれを行うことができます。その過程で、銀行や通信およびエネルギー会社などの多くの企業が国有化され、公益として、利益ではなく公益を持っている公務員の有能なスタッフによって運営されます。そのような慣行は古代に先例があるため、イデオロギー的な装飾を必要としません。

7. 国民のための経済

経済的平等と財政の厳格な規制がなければ、民主主義は不可能です。私たちが眠っている間に、エリート派は何十年もの間、違法で不道徳な手段によって大きな富を生み出し、それを海外に蓄えてきました。私たちの市民のほとんどは、産業と政府のきらめく外観の後ろに広がっている腐敗を想像することさえ出来ません。

これらはすべて停止します。私たちは、FBIの支援を受けて国防総省を含む政府のすべての支部の完全な監査を実施し、恐れることなく前進する国税庁およびその他の政府局の何千人もの専門監査人に権限を与えます。議会とその全メンバーの完全な財務監査を要求します。また、行政部門全体と司法のすべての主要メンバーも監査されます。必要に応じて、数千人以上を解雇し、罰金を科し、投獄することを恐れません。

政府が国民の福祉に再び焦点を合わせたら、私たちは企業と超富裕層のために同じ調査作業を始めます。

淫らな富をもたらす人々は、違法なビジネス慣行と組み合わされた資本への不公平なアクセスを通じてそれを手に入れたことを忘れないでください。彼らの資産は、ジャーナリズム、政治、または教育を損なうために、これらの資金を使用できないように、規模を縮小する必要があります。これからの金融は高度に規制された分野であり、主に人々に説明責任のある政府機関によって監督されます。地域銀行は、地域経済のために市民が運営する協同組合に変身します。

8. 真の教育と調査ジャーナリズムを支援する。

私たちの社会が、社会の状態について批判的に考え、彼らの想像力に閉じ込められた無限の可能性を最大限に活用するために必要な質の高い教育へのアクセスを拒否された場合、政治は合法ではありません。彼らは、私たちの世代の複雑な問題を理解するために、若い頃から歴史と文学、哲学と科学を学ぶ必要があります。

すべての市民が平等に扱われる新しい教育システムを作成します。学校への資金は、地元の不動産税に結びつくことはありません。教師は社会のメンバーと同様に報酬を与えられます。誰もが積極的な市民になることを期待しているため、誰もが質の高い教育を受ける資格があります。

ジャーナリズムは教育の延長です。ジャーナリズムはセンセーショナルな出来事ではなく、本当の問題について市民に知らせ、物事の背後にある経済的および文化的現実について批判的に考える方法を彼らに教えるべきです。残念なことに、ジャーナリズムは、新聞、テレビ放送、インターネットの投稿に、天使たちにアピールするグロテスクな画像や単なるフレーズを詰め込んだ不名誉な汚泥へと退化しました。市民は客観的に考え、より良い社会を築くために協力することを学ぶべきであるのに対し、性的欲求を刺激したり、心のない消費を促進したりするゴミによって攻撃されるのです。

政府は真実の追求に専念し、市民が自分自身で考えることを奨励する、地方および全国レベルで独立した言論を支援しなければなりません。勇敢なジャーナリズム、まさに重大な社会問題についての調査ジャーナリズムは、再び若者の実行可能なキャリアにならなければなりません。

絵画、彫刻、デザイン、ドラマ、音楽、文学などの芸術は、市民の生活の一部でなければなりません。政府は、企業メディアが作成した光沢のある画像や口が上手いフレーズに頼ることなく、市民が芸術を通じて自分自身を表現し、自分たちの未来のビジョンを明確に述べる自信を与えるような活動を支援します。

芸術的表現を促進することで、若者は今日直面している、短期的な目先の喜びに導かれ社会に貢献する能力を奪ってしまう、平凡で操作的な文化から自由になり、彼らに自分の映画、新聞、絵画や写真を作る機会を与えます。また、その仕事に相応の賃金を支払えば、社会を変えることができるという自信を彼らに与えるでしょう。

9. 第13次の憲法改正と奴隷制の終焉

憲法の第13次改正は、奴隷制を明示的に禁止しています。 しかし、私たち市民の多くは馬鹿げた慣行によって借金を強いられており、工場や店舗で事実上、奴隷として働いています。 刑務所にも市民がいます。多くの場合、無罪で働き、愛する人と会う権利のためにお金を払わなければならず、企業に利益をもたらす目的のためだけに、無理やり働いています。 これらの卑劣な慣行は、例外なく13回目の改正の厳格な適用により終了します。

10. 貿易は生態学的で真に自由でなければなりません。

貿易は時に役立つ場合もありますが、今日行われている貿易は、貴重な生態系と人々に大きな損害を与えています。 貿易は、商品を作っている人や使う人のためではなく、少数の利益のために海を渡って商品を運ぶため、投資銀行によって管理されている恐ろしい煙を吐き出す巨大なコンテナ船の別の言葉になっています。

地元の産業や農場が「貿易」によって破壊され、市民が意志に反して輸入品に依存するようになることは、ポジティブではなく、国際化でもありません。

一緒になって、貿易の意味を完全に再考し、誰もがアクセスでき、地域社会のニーズを尊重する化石燃料無しの自由貿易システムを作成する必要があります。

11. 道徳的退廃はこの政治危機の核心にあります。

現在の危機はとりわけ精神的な危機です。 私たちは退廃と自己陶酔に深く陥りました。 彼らは最高の意図を持った人でさえ汚します。 謙虚、倹約、誠実さは私たちの語彙から消えました。 価値と品性の目に見えない内なる世界は、市民を汚物の受動的な消費者にする光景に置き換えられました。

自分の行動を制御し、正義と正義を要求できるコミュニティを形成できるようになるまで隣人を信頼し、子どもたちと率直に話し、共通の価値観を維持できるようになるまで、私たちは、我が国の支配権を握った力に立ち向かうことができません。

道徳的腐敗とは、「自由」と「正義」について語る人々の多くが、あまりにも多くの真実を話すことを避けて、隠密な支払いを喜んで受けることを意味します。 これも終了する必要があります。

12. 軍事インテリジェンス複合体の変革

制御不能な軍隊は、企業が私たちの税金を取り、外部レビューや科学的テスト無しに高価な武器の販売を通じて銀行口座に直接転送することを許しています。

自国のために喜んで人生を捧げる人々が必要です。これらの高貴な感情は皮肉な方向に向けられています。軍隊、およびそれを半影として取り巻く知能「コミュニティ」は、とりわけ気候変動の緩和と適応、および他の真の安全保障上の脅威に変換され、献身されなければなりません。兵士の勇気は、化石燃料の巨人とその不足者によるわが国の支配を終わらせるという危険な義務と、経済を変革する任務に向き直さなければなりません。兵隊の皆さん!エネルギー帝国に立ち向かうことが出来ないなら、どうして自分を勇敢と呼べるのですか?

「私たちの平和と繁栄に外国を巻き込む」危険性に関するジョージ・ワシントンの警告に違反して、私たちは数多くの秘密条約を開始しました。「インテリジェンスの共有」と「セキュリティ協力」と呼ばれ、1914年のような大災害に私たちを導いています。当時、恐ろしいドミノ効果は、世界を壊滅的な戦争に引きずり込んだ秘密条約によって引き起こされました。

NSAの低賃金の契約職のすべての人々、私たちの終わりのない電子メールを読む必要のあるすべての人々、あなたがたはすべて、不当な企業のために愚かなことで人々に嫌がらせをする必要がありました!本当に私はあなたがたに言いたいのです。「一緒に来て!鎖以外に失うものは何もありません!」

13. テクノロジーが市民に及ぼす危険な影響を阻止する。

企業メディアは、テクノロジーの飛躍的な進化をポジティブなものとして賞賛していますが、ほとんどの場合、そのような新しいテクノロジーに触れると、集中力、自分自身で考える力、社会の市民として機能する意識が失われます。テクノロジーは、短期刺激への中毒を誘発する手段としてますます使用されています。このような製品は一部の人々に利益をもたらしますが、ほとんどの市民はそのせいで米国が直面している危機の深刻さを理解できなくなります。

私たちは他者と交流したいので、他者と協力できる仕事が必要です。しかし、私たちが何をしようとしても、数多くの記録されたメッセージ、自動チェックアウト、そして企業利益を冷静に計算するスーパーコンピューターに遭遇します。私たちはデジタルの砂漠に完全に一人でいます。これは事故ではなく、企業が故意的に仕掛けた犯罪です。

テクノロジーを採用する前に、テクノロジーが社会に与える影響を批判的にレビューする必要があります。テクノロジーは非常に役立つ可能性がありますが、それは私たちの時代の真の課題を解決するために適用され、私たちを操作するために使用されていない場合に限ります。

地球と人類社会に対する科学的基盤による理解は、常に私たちの目標でなければなりません。私たちは時に、科学をテクノロジーと混同します。ポール・グッドマンがかつて書いたように、「新しい科学的研究に基づいているかどうかにかかわらず、技術は科学ではなく道徳哲学の一部です。」

14. 私たちを馬鹿にする反知的キャンペーンを停止する。

私たちの市民(米国国民)は、反知的感情を奨励し、世界について深く考えることを思いとどまらせる果てしないキャンペーンの対象となっています。私たちの文化におけるこれらの変化は自然ではありませんが、私たちを従順にするために隠れた力によって課されています。

私たちは、国の隅々まで知的活動のレベルを上げ、人々が自分で考え、独自の解決策を提案するよう奨励しなければなりません。読み、書き、討論はそのプロセスにとって重要であり、奨励されるべきです。市民は有名人によって提供された安易で空想的な意見に決して頼るべきではありません。

私たちは、広告会社や広報会社の有毒な森が市民を馬鹿にして、上からナルシシズム文化を押し付け、自己中心主義を促進することを許すことはできません。恐ろしいのは私たちがすでに受けた膨大な損害です。米国国民は、どのテレビチャンネルを見ても、どのモールに行っても、どのオフィスに勤めても、人を絶望させるような中身のない文化の荒れ地に直面しています。

これからの私たちの政権は、広告およびPR業界を厳格に管理して、市民のための言論を促進し、健全なコミュニティをサポートするような知的放送と新聞を育てます。市民は、生活の現実を科学的に説明する記事を読み、放送を見る権利があり、金持ちの贅沢な生活のモデルシーンとして持ちこたえるプログラムの対象とならないようにする必要があります。

15. 7世代のイロコイの原則を復活させる。成長と消費のカルトを終わらせる。

アメリカの賢明な原住民であるイロコイ族の憲法は合衆国憲法に深い影響を与えましたが、持続可能性への焦点は、米国建国の父たちによって悲劇的に見落とされていました。イロコイ族や他の先住民族の伝統は決して忘れてはなりません。イロコイ族の「第7世代」の原則は、現在の決定が将来7世代の子孫の生活にどのように影響するかを考慮することを要求しています。この原則は科学的かつ合理的であり、海洋、森林、草原は個人または企業に属する商品であり、個人の利益のために破壊される可能性があるという不合理な仮定とは著しく対照的です。

「第7世代」の原則は、私たちの経済的および文化的前提の完全な再評価の基礎として機能する修正として憲法に追加されなければなりません。

国民の幸福を評価するために、成長や消費のような狡い用語の使用をやめなければなりません。私たちはすべての市民の健康、環境の恵み、野生動植物の繁栄を一緒に考慮しなければなりません。

協力は私たちの生存に不可欠です。予算が単にお金への依存を助長するだけであれば、予算を通じて問題を解決することはできません。隣人同士が互いに助け合い、家族やコミュニティが自立できるように支援するためのシステムをセットアップできるように、市民間の物々交換システムを作る必要があります。

ある口座から別の口座に政府の資金を投入するだけでは国民の健康問題を解決できません。また、市民がお互いを気遣い、医学の基本知識、薬草療法、適切な運動を十分に学び、お金をまったく使わずに自分で多くの病気を治すことができるようにしなければなりません。

16. 人々のための農業と健康的で公正な食料経済

地球温暖化によってもたらされる温度の急激な上昇により、今後10年間で食料のコストが指数関数的に増加し、再び農業が生存のための最も重要な活動になります。 私たちはこの大惨事の準備を始めていません。 この破綻した産業農業システムを後にし、人々のための農業に戻らなければなりません。 土地は家族農場として使用するために、多数の市民に配布されなければなりません。 ここで嘆いたり非難したりすることはありません。 私たちの母なる地球から私たちに与えられた土壌と水は、決して企業に属している「もの・こと」ではありません。

農業の流通システム全体を規制し、それによって公平にする必要があります。 少数の人々が農産物の輸出で財産を稼ぐよりも、土壌や水を傷つけない方法で食料を生産することがはるかに重要です。 アメリカ人は持続可能な有機農業を受け入れなければなりません。

17. 憲法には共和党も民主党も記載されていない。

最近の大統領弾劾への動きは目紛しいお芝居に過ぎませんでした。それを冷静に見ることで、やはり現在の政治システムが憲法とは何の関係もないことが明らかになりました。ガバナンスは死に、政治は企業ロビイスト、投資銀行家、メディア評論家、そして彼らが仕える金持ちの間での乱闘になりました。メディアは、長い間ジャーナリストの良心を放棄していたので、アメリカの政治は、酔っぱらった聴衆のようにレスラーを煽るだけでした。

政策の策定と実施をめぐるすべての議論は、憲法で定められた官庁内で透明な方法で取り扱われなければなりません。しかし今日、政策は企業によって行われ、または不透明に政党内で議論され、露骨に違憲な方法で行われます。だまされてはいけません。民主党と共和党は憲法に記載されておらず、それらは私たちの市民の大多数を代表していません。

憲法によって規制されていない政党に政策に関する決定を委ねることは、犯罪および違憲の両方であり、慣行は中止されなければなりません。政党は、地元レベルの市民が集まり、意見を交換するのに適した場所です。現在の政党はこの基本的権利を認めておらず、独裁として運営されています。憲法は、これらの二者にガバナンスや政策の策定に役割を与えていません。